炎の芸術とも称される陶芸は、偶然性による予測を超えた作品が出来上がるケースに大きな魅力があるとされています。
窯中で高温焼成される器はある意味で人智の及ばない、自然の力によって仕上げられていくともいえるでしょう。
炎や釉薬の状況によって作者の意図を凌駕する作品が生まれることは珍しくありませんが、その生成過程そのものすら解明されていなかった焼物も存在します。
その代表格が「曜変天目」ではないでしょうか。
天目とは現在の中国浙江省・天目山周辺の寺院で宋代用いられた茶器で、10世紀半ば頃から史料にその名が現れます。
日本には禅宗を通じて鎌倉時代にもたらされ、やがて茶人に珍重されて格式ある茶器として愛されました。その天目茶碗のうち、最上とされるのが曜変天目です。
その名のとおり黒い器の内側に星を思わせる斑点があり、その周囲はメタリックな青や紫の暈が取り巻いて角度によって玉虫色に反射するという特性を持っています。
このミステリアスな焼物は世界にたった3点しか現存しておらず、そのすべてが日本にありますが長らく製作法が不明でした。しかし、その曜変天目の再現に成功した日本の現代陶芸家が存在します。
その名は「林恭助」。
本記事では800年ぶりに曜変天目を作ることに成功した名工、林恭助のプロフィールや生い立ちを概観しつつ、作品とその魅力についてご紹介します。
プロフィール
1962年(昭和37年)‐
昭和・平成・令和を通じて活躍する美濃焼の現代陶芸家。
美濃焼の陶芸家で「瀬戸黒」により人間国宝に認定された加藤孝造に師事。
土岐市無形文化財「黄瀬戸の技法」の保持者であり、曜変天目の研究を通じて約800年ぶりにその再現に成功したことでも知られています。
曜変天目は歴史的にもごく希少であり、生産地の中国にも完形で現存していないため林の作陶と研究成果は国際的に高い評価を受けています。
生い立ち
林恭助は1962年(昭和37年)、岐阜県土岐市に生まれました。1987年に土岐市立陶磁器試験場の研修課程を修了し、1989年に人間国宝・加藤孝造の門下に入ります。加藤は「瀬戸黒」の保持者であり、伝統的な美濃焼の技法に精通した第一人者でした。
1991年、第22回東海伝統工芸展で東海伝統工芸展賞を受賞。1997年には土岐市の隠居山に自身の窯を開き、陶芸家として独立します。
1999年には林の「黄瀬戸壺」が、岐阜県陶磁資料館に美濃陶芸永年保存作品として収蔵されました。
この頃から中国福建省の建窯で曜変天目に関する調査を開始、以後十数度にわたる現地調査を重ねます。2001年に東海伝統工芸展で最高賞である日本工芸会賞を受賞。同年、曜変天目の再現に成功します。
翌年この成果を発表し、長らく再現が叶わなかった曜変天目の制作におよそ800年ぶりに成功したニュースは大きな話題となりました。
2003年には曜変天目再現の功績により岐阜県知事表彰を受賞。同年に第1回の幸兵衛賞を受賞しました。
ちなみにこの賞は林の師・加藤孝造が岐阜県陶磁器試験場に研修生として入所した当時の試験場長、5代・加藤幸兵衛に因んだものです。
同年にはニューヨークで曜変天目を発表、翌2004年にかけてロンドンでも出展。
その間に岐阜県現代陶芸美術館・東京の静嘉堂文庫美術館・イギリスのパーシヴァル・デヴィト中国美術財団美術館・イギリスのヴィクトリア&アルバート美術館に林の曜変天目が収蔵されました。
2005年に第11回美濃陶芸庄六賞茶碗展で大賞を受賞。
2007年には北京の国立中国美術館で曜変天目の個展を開催し、同館と台湾の故宮博物院に収蔵。中国にも当時現存が確認されていなかった曜変天目が、林の手によってもたらされた瞬間でした。
2008年、織部の心作陶展で入選。2013年には土岐市主催の第6回現代茶陶展でTOKI織部優秀賞を受賞しています。
林恭助作品の特徴とその魅力
林恭助作品の代名詞といえば、「黄瀬戸」と「曜変天目」が挙げられます。
黄瀬戸は安土桃山時代に遡る美濃焼の一種で、その名のとおりさわやかな黄の釉が目を引く焼物です。
江戸時代には一時衰退しましたが、林の師祖父にあたる人間国宝・荒川豊藏らの尽力でその技が復興され、現在に受け継がれています。
林の黄瀬戸は古来の技をベースにしつつも独自技法を積極的に取り入れ、質朴で落ち着きのある味わいが魅力とされています。
林の名声を世界的に高めた曜変天目については、歴史的・文化的にも意義深いものと評価されています。
先に述べたとおり曜変天目は世界に3点しか現存しておらず、その製造法そのものが謎とされてきたためです。これまで多くの陶芸家がその再現を目指しチャレンジしてきましたが、約800年ぶりに成功させたのが林でした。
黒い釉の上に星のような模様が浮かび、玉虫色の風合いを持つこの器はしばしば「宇宙」とも表現されます。
伝統を守りつつ新たな技法を模索する積極性と、失われた技法復元へのあくなき情熱が反映された作風が、林恭助の魅力といえるでしょう。
曜変の再現者・林恭助
本場中国に1点も曜変天目が完形で現存していないのは、「曜変」そのものが不吉とされて廃棄されたためという説がありました。
しかし2009年に浙江省杭州市で曜変の陶片が出土し、実は宮廷でも用いられていたと考えられるようになりました。
続々と各分野での研究成果が蓄積されている曜変天目ですが、その全容はまだまだ謎の部分が多いといいます。林の事績を受けて、日本国内でも多くの陶芸家や研究者が曜変の再現に挑戦し続けています。
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