人間が営む芸術活動では、自然が生み出した景観や天然の事物、種々の生命など森羅万象からインスパイアされることは周知のとおりです。
一言でアートといってもそのアプローチや技法、表現のスタイルは千差万別ですが、そうした自然そのものを古来から「芸術」と例えられてきました。
そんな自然そのものに芸術性を見出し、極力手を加えないで作品として位置付けるのが「もの派」という表現です。
もの派は戦後の日本で生まれた、美術史上でも重要な価値観の移行です。空間そのものを一つの作品と考える表現方法はインスタレーションアートの先駆けともいわれています。
そんな「もの派」の理論的主導者とされるのが「李禹煥(リ・ウーファン)」です。本記事では「作らない姿勢」で鮮烈な印象を与える「もの派」の美術家、李禹煥のプロフィールや生い立ち、作品とその魅力についてご紹介します。
プロフィール
1936年‐韓国生まれ、日本在住の美術家。
李禹煥は日本大学で哲学を専攻し、1960年代後半から現代美術に関する制作を本格的に開始しました。
「もの派」の理論を牽引した主導者として知られ、多摩美術大学の名誉教授にもなっています。
作品は絵画や彫刻はもとより詩や美術評論といった文筆にもおよび、点や線を用いた神秘的で洗練された抽象画などが有名です。
日本・韓国・フランスの各国から叙勲されており、パリに設けたアトリエを拠点として世界的に活躍しています。
生い立ち
李禹煥は1936年、韓国・慶尚南道(キョンサンナムド)に生まれました。
初めはソウル大学校美術大学に学びましたが1956年に中退、来日して日本大学文理学部で哲学を専攻しました。
1961年に同大学を卒業し徐々に現代美術への関心を高め、60年代後半に本格的な制作活動に入ります。
1969年には論文『事物から存在へ』、1971年には評論集『出会いを求めて』を出版。
論文は美術出版社の芸術評論に入選し、評論集は世界の美術業界にとって注目の的となりました。
1973年からは多摩美術大学の講師として教鞭をとっており、78年に助教授、86年に教授、91~93年に客員教授を経て、現在では名誉教授に就任しています。
1975年になると李禹煥はパリで個展を開き、以降インドやノルウェーなど世界各国で毎年個展を開催したり美術展に参加したりしました。
以降の受賞歴および個展開催歴は以下の通りです。
1977年:第13回現代日本美術展 受賞
1979年:第11回東京国際美術ビエンナーレ 入賞
1990年:生まれ故郷の韓国で文化省より花冠文化勲章 受章
1991年:フランス芸術文化勲章 シュヴァリエに叙勲
1993年:第14回日本文化デザイン賞 受賞
鎌倉の神奈川県立美術館で個展を開催
1994年:ソウルの国立現代美術館で個展を開催
1996年:フランスのセントティエンヌ近代美術館で「もの派」展を開催
1997年:パリのジュ・ド・ポーム国立美術館で回顧展を開催
フランス国立美術学校の招聘教授に就任(~1998年)
2001年:高松宮殿下記念世界文化賞の絵画部門 受賞
韓国・湖巌賞の絵画部門 受賞
2002年:上海ビエンナーレでユネスコ賞 受賞
日本の紫綬褒章 受章
2006年:第47回毎日芸術賞 受賞
2007年:フランス・レジオンドヌール勲章 受章
2009年:旭日小綬章 受章
2010年:「アートの島」で有名な香川県直島町に李禹煥美術館が開館
2013年:韓国金冠文化勲章 受章
2015年:韓国・釜山に二番目の個人美術館である李禹煥ギャラリーを開設
経歴の中でも1996年の「もの派」展は、李禹煥の表現を世界に向けて発信する大きなきっかけとなりました。
以降は世界的な評価を積み上げ、もはや不動のものとなっています。
現在は日本とフランス・パリのアトリエを行き来しながら、制作に取り組んでいます。
李禹煥作品の特徴とその魅力
李禹煥の作品は自然、人工問わず素材を可能な限りあるがままの姿で組み合わせて表現するというスタイルが特徴的です。
その姿勢から「もの派」を牽引したアーティストとして捉えられていますが、それには東洋に伝わる哲学性や思想性がベースになっていることが指摘されます。
いわゆる「老荘思想」と呼ばれるものがベースにあり、「芸術」を意味付けやテーマ設定といった縛りから解放したと評されることもあります。
李禹煥の作品は、大きく価値観が変容しつつある現代社会において、芸術を通して「もの」と「ひと」の関係性を再考するきっかけになり得るでしょう。
絵画などでも東洋と西洋の技法や思想を高度に融合させた独自の世界観が魅力の李禹煥ですが、その真骨頂は哲学としての作品表現にあると言えます。
「もの派」の主導者・李禹煥
李禹煥はオブジェクトとしての芸術作品だけではなく、著述においても優れた業績を残しています。
これは感覚や思想を適切に言語化できることでもあり、絵画や彫刻においてもそうしたある種の論理性をフィードバックしていることがうかがえます。
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