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高砂面一組は、日本の伝統的な木彫工芸品で、夫婦の長寿・和合を祝う高砂伝説に基づく能面や面具のセットです。明治時代(1868~1912)に制作されたものは、格式ある祝言舞台で用いられたほか、神社祭礼や家庭の床飾りとしても親しまれ、木彫の技術と装飾美が結晶した工芸品として評価されます。
高砂伝説は、千年前の難波高砂の浦で出会った老翁・老媼が夫婦岩のごとく不離不棄の長寿を全うするという物語で、能「高砂」や舞踊「翁・面掛かり」に演じられます。一組の面は男面(翁)と女面(媼)で構成され、祝儀舞台で寿ぎの舞を演じる重要な装具です。
明治期の高砂面は、主に檜(ひのき)や桧皮(ひわだ)に近い上質の木材を用います。荒木取りした木塊を鑿(のみ)と彫刻刀で粗彫りし、顔立ちを整えた後、細刀で表情の陰影や微細な皺を彫り込みます。下地には膠(にかわ)と胡粉を混ぜた白粉を塗布し、その上に朱・黄土・濃色の胡粉彩色を重ね、金泥や墨線で装飾を施します。
翁面は額が広く額髪(かくはつ)を簡略化した造形で、口元には微笑を湛えた「翁の笑み」が特徴です。媼面は頬がふくよかで口角が下がり、慈愛と厳しさを併せ持つ老女像です。両面の対比が夫婦の調和を象徴し、観客に祝福の意を深く伝えます。
面裏には面金具(うらがわの面紐挿し)や面箱に収める金具用の溝が彫り込まれます。表面彩色は、朱の発色を引き立てるために金雲母などの微細な金粉を使用し、髪際や眉間に金泥のハイライトを入れる場合もあります。彩色技法は欠落箇所の補修が目立ちやすく、鮮やかな残存度は真作判定の一要素です。
真作の木地は、鏡面のような仕上げではなく、ヒノキ材特有の木目を残す「木目見せ仕上げ」が基本です。彫り跡は鑿目が連続し、表層と深彫りの陰影が自然であることが求められます。不自然な機械彫り跡や均一すぎる彫り面は後補の疑いがあります。
面の彩色は厚塗りでなく薄塗りが重視され、木地との一体感を出します。経年により胡粉の表層に細かなクラック(乾燥ひび)が生じ、朱色がわずかに褪色した色調が真作の風格です。金泥や墨線の摩耗具合も年代を示す手がかりとなります。
面には共箱が添えられることが多く、箱裏の墨書「明治七年二月吉日」「□□寺内献上」といった来歴証明は価値を高めます。また、面袋や面台、浄書札など祭礼記録が付属する一式は学術的資料としても重宝されます。
木彫面は湿度変化に弱く、乾燥による割れや湿度過多による虫害が生じやすい性質があります。展示時は温度20℃前後・湿度50%前後を維持し、直射日光を避けること。埃は柔らかい馬毛筆で優しく払い、彩色面に水拭きは厳禁です。
明治期制作の良好な高砂面一組は、状態次第で百万円前後から数百万円で取引されることがあります。一対揃いの保存状態が良く、来歴書付が完全なものはオークションで高値が期待でき、コレクターや美術館収蔵品としても人気があります。
高砂面一組は、能面の持つ厳粛な美と木彫工芸の技術美が融合した逸品です。床の間の飾りや屏風前の演出、能楽堂の装飾など、多様な空間で存在感を放ちます。夫婦円満・長寿祈願の縁起物としても注目され、今日では工芸コレクションの大切な一角を占めます。
明治時代の木彫り工芸・高砂面一組は、伝統的な製作技法と神事的意匠が結実した希少な骨董品です。木地・彫り跡・彩色・来歴・保存状態を総合的に鑑定し、適切な管理を行うことで、その芸術的価値と文化的意義を後世に受け継ぐことができます。
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