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堆黒彫香盆(ついこくぼりこうぼん)は、黒漆を何層にも重ねて盛り上げた上に彫刻を施す堆黒技法と、香道具を載せる盆の機能美が融合した漆器です。茶席や香席、室内装飾などで香道具や小物を展示・供養するために用いられ、黒漆の深い漆黒と彫刻の陰影が高貴な風格を漂わせます。
堆黒技法は中国宋代に起源をもち、仏教寺院の装飾や仏具に広く用いられました。日本では鎌倉~室町期に禅宗寺院の調度として伝来し、桃山期には豪華な堆黒彫香盆が数寄者の茶席や能楽堂などで珍重されました。江戸後期には蒔絵や沈金と組み合わせた異彩の作例も現れ、明治以降は美術工芸品として再評価が進みました。
主素材は木地(欅や栓など)に生漆を数十層塗り重ね、下地に炭粉や麻布を含む地粉漆を用いて厚い漆層を形成します。盛り上げ部分は生漆に木粉や砥粉を混ぜ、「堆漆(ついしつ)」と呼ばれる粘性の高い漆を用いて胎肉を盛り上げ、乾燥後に彫刻刀や鏨で彫り込んで意匠を現します。
堆黒彫では、浅い浮彫から深彫まで層状に彫り進め、文様の前後感や立体感を多層的に表現します。彫刻面は研ぎ出しによって鏡面状に磨き上げ、漆黒の深みを際立たせつつ、文様の縁や面の抑揚により陰影の豊かな造形美を生み出します。
香盆の縁周りや盆面には、蓮華水文・唐草文・鳳凰・龍・松竹梅など仏教的・吉祥的モティーフが多用されます。中央の平面部には雅楽図や山水図、花卉文が堆黒彫で繊細かつ躍動感ある構図で浮かび上がり、茶席・香席での荘厳な演出を助けます。
真作鑑定では、漆層の厚みと研ぎ跡の自然なムラ、堆漆盛り上げ部の細部に残る木粉粒子、彫刻刀跡の揺らぎを観察します。後補品は漆層が均一で堆漆の断面が均質、彫刻面の深さと線質が機械的であることが多い点を注意して判別します。
室町~桃山期の堆黒彫香盆は希少性から数十万~数百万円、桃山~江戸初期の大形品や名工作例は百万円超が相場となります。来歴書付、古箱・目録附属の完全品はプレミア価格を呼び、茶道具商や美術オークションで高額取引されます。
漆器は乾燥割れや漆層剥落を防ぐため、湿度50~60%・温度20℃前後の安定環境で保管します。埃は柔らかな馬毛筆で払い、水拭きや化学薬品での清掃は厳禁です。堆黒彫面は硬い布でこすらず、馬毛筆や柔布での軽拭きを心掛けます。
香盆には香炉や香道具を配置し、陰影を強調するために側面からの間接光を当てると、堆黒彫の立体感が際立ちます。茶室では炉縁や棚上に置き、背景の渋い壁面と対比させると、黒漆の深い艶と彫刻文様の陰影が一層引き立ちます。
堆黒彫香盆は、漆芸と彫刻技術が融合した総合美術品です。素材・技法・文様・来歴・保存状態を総合的に鑑定し、適切に保存・展示することで、その歴史的・美術的価値を末永く次世代へ継承できます。
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