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享保雛は江戸時代中期、享保年間(1716–1736)に現在の京都や江戸・大坂などで流行した雛人形の形式で、古式享保雛とも呼ばれます。男女一対の内裏雛に加え、三人官女・五人囃子などを配置せず、最小構成で神事的な簡素美を備えるのが特徴です。主に神雛(かみびな)として神前に供えられ、桃の節句の厄除け・豊作祈願の祭具として用いられました。
享保雛は立ち雛形式が基本で、頭部は桐塑(とうそ)や胡粉下地に御面貼りの技法、衣裳は幹紈(もくかんお)など木綿地に金襴・絞り染めの裂地を重ねる本格的な仕立てです。顔立ちは扁平で卵形、目鼻口は描き目・描き口の簡略化が進み、全体に直線的なシルエットを保つ点に神事用の格式が窺えます。
頭部は桐粉と膠を木型に押し固める桐塑製で、乾燥後に胡粉(にかわ・砥粉)を重ね塗りし、墨と朱で顔を描きます。胴体は桐材の芯に藁束を詰め、喰籠(むしろ)布で身体形を整えて衣裳を纏わせる「布貼り」技法が用いられ、軽量かつ強度を両立します。衣裳は当時最上級の古裂を使用し、裳袴(もこし)や袿(うちぎ)に金泥蒔絵や絞り文様が見られます。
真作享保雛を見分ける際は、頭部裏の桐塑の乾燥痕、胡粉層の層間微細ひび割れ、描き目の筆勢を確認します。衣裳裂地は江戸期古裂特有の織り糸断面や染料の変色、金襴の金糸に経年錆びが見られるかが重要です。木製喰籠部分の藁痕や和紙接着跡、共箱裏の墨書「享保二十年甲戌三月吉日」など箱書きの筆跡と桐箱材の年輪鑑定も真贋・年代判定に欠かせません。
享保雛は紙・布・胡粉・木材を複合的に用いるため、湿度変化に敏感でカビや虫害、胡粉の剥落が生じやすい性質があります。展示時は直射日光を避け、温度20℃前後・湿度50%前後の安定環境を保ち、時折、柔らかな馬毛筆で軽く埃を払う程度に留めます。長期保管時は乾燥剤を入れた共箱に包み、極端な乾湿交代を避けることが重要です。
古式享保雛は保存状態・真贋・資料的来歴・共箱の有無で評価が大きく変動します。複数対揃いの完全品は数百万円~千万円規模、内裏一対のみ優良品でも百万円前後が相場。江戸後期以降の写しや補修多数のものは数十万円程度で流通します。学術的価値や史料性が高いものは美術館収蔵レベルの扱いとなります。
享保雛は桃の節句の玩具という枠を超え、神道儀礼具としての格式と江戸時代の染織・漆工・胡粉技術が凝縮された芸術品です。狭い空間にも収まる立雛形式は現代インテリアにも調和し、桐塑の白肌と古裂の深い色彩、金襴の煌めきが空間に凛とした佇まいを与えます。
古式享保雛(神雛)は、江戸初期の桃の節供文化と神事用人形の狭間で生まれた希少な骨董品です。桐塑・胡粉・古裂・共箱の各要素を慎重に鑑定し、適切な保存管理を行うことで、その歴史的・美術的価値を後世に伝えることができます。
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