顧景舟は、紫砂七大芸術家の1人で、主に紫砂壺の製作に生涯をかけた人物です。中国国内だけにとどまらず、海外でもポットアートマスターと称される近代陶芸家です。生まれは1915年で、生家は陶芸を営んでおり、陶芸の道に進むにはとても恵まれた環境で幼少期を過ごしました。1933年に18歳で家業を継承して有名作家に師事し、ここから様々な活躍をしていきます。
古代壺を研究したり、自らの制作に専念して紫砂作家となり、紫砂壺の名手として次第にその名を知られていきます。そして、紫砂生産工場の技師となってから、紫砂技術を伝えることによって後進の指導に力を尽くしました。さらに紫砂技術研究室では副主任という地位に就くなど、精力的に活躍の場を広げます。
紫砂は陶器用の土で、ほんの一部の地域でしか産出しません。その歴史を研究し、書籍の発行もしています。その後、紫砂壺をアジア芸術祭へ出展して、技術を見せたり海外の博物館へ作品を寄贈したりと、活躍の場が世界にも広がっていきます。
67歳の時に中国工芸美術の面で、優れているという意味の大家の称号を与えられ、その3年後には研究所の所長となっています。1989年には生涯を通して研究し続けてきた宜興紫砂に対して、国から銀メダルが与えられました。その後も書籍の発行など活躍を続け、一代宗師や壺芸泰斗と様々な呼び方で高く評価され、81歳でこの世を去ります。顧景舟が寄贈した多くの作品は、今も様々な国で文化遺産として収蔵されており、残した工房作品は骨董品として取引されています。その評価は高く、高値で取引されることもあります。
顧景舟の紫砂壺の魅力
顧景舟は激しく移り変わる時代の変化に流されることなく職人気質を保ち続けたと言われています。顧景舟が生涯をかけて研究し続けた紫砂は、鉄分の含有量によって堅いために、ロクロではなく棒で叩きながら制作します。釉薬を施さず焼かれた紫砂の茶壺の内側には、水を通さないほどの小さな穴がいくつもあります。このため、香りを逃がしにくく、使い込むほどに茶壺の内側に茶渋の層ができて、より濃い香りを楽しめるようになっています。また、小さな穴は通気性を良くしてお茶の劣化を防いでくれたり、保温効果を高めてお茶を冷めにくくしてくれたりといった、お茶の風味を最後の一滴まで楽しめる役割も果たしています。
そして、急激な温度の変化でも割れにくいのが特徴です。寒い季節に熱湯を注いでも、高温になった茶壺に氷水を注いでも、ヒビが入ることが滅多にないので、扱いやすくとても長持ちします。釉薬がかかっている茶壺なら決して残ることのないお茶の風味が、紫砂の茶壺なら使えば使うほど、その家独特のお茶の風味として重なっていきます。
制作するうえで一番大切なことは基礎であるという旨を弟子に言っていた顧景舟の作品は、色も形も古風ながら、素朴な温かみと美しさがあります。顧景舟の残した多くの作品は、オークションにかけられたり、古美術商で買取されたりするなど、愛好家の間で価値の高い骨董品とされています。
>
中国美術買取ページはこちら