了入
りょうにゅう

プロフィール


了入(りょうにゅう)は、楽焼一門の九代目樂吉左衛門を継承した名人である。
1756年に七代目樂吉左衛門の次男として生まれる。
14歳で八代目樂吉左衛門を継ぐが、1811年頃に隠居して了入と名乗る。
その腕前は歴代一と評されるほどで、赤黒楽茶碗をはじめ、200以上の茶碗を作った。
「箆削り(へらけずり)」という技法を開発し、陶器の造形美と装飾性を高めた。
色使いが非常に巧みで、独特のつや出しと多様な色調を魅せた。
1834年に78歳で逝去する。

来歴



  • 了入は、活動期間が長く(65年)、激動の時代を経験した。
  • 活動時期は大きく3つに分けられる。天明の大火(1788年)で焼け出される以前の時代(~1788年)、天明の大火以降の時代(1789~1810年)、隠居して了入と名乗って活動した時代(1811~1834年)。

  • それぞれの時代によって使用する陶印を使い分ける。火前印、中印、隠居印(草楽印)と呼ばれる。

  • 天明の大火以前は赤の強い化粧土を使った赤楽茶碗が多いが、大火で土や窯道具を失う。大火以降は赤楽茶碗の色調が変化する。

  • 天明の大火後は京都が急速に復興し、料理屋や料理旅館が発達する。了入は茶碗だけでなく、料理のうつわも多く手掛けるようになる。

作品の特徴



  • 了入の作品は名品ぞろいで、赤楽茶碗に黒楽茶碗、さらには白釉筒茶碗など実に多彩である。

  • 箆削り成形によって陶器は彫刻品のような美しい造形を持つようになり、芸術性の高さも評価されるようになる。

  • 色使いが非常に巧みで、色の持ち味や素材の良さを引き出すセンスにもたけている。

  • 若い頃から研究を重ねてきた箆削りの技法を確立すると、その造形美に磨きがかかり、芸術性の高さも評価されるようになる。

  • 了入が得意とした赤茶碗は、製作年代によって異なる色使いが見られる。初期と晩期では仕上がる色調の傾向が違うところを見ると、一つの枠にとらわれない感性の持ち主だったことがわかる。

代表作品



  • 赤黒楽茶碗「寬政」:寬政元年(1789年)頃作。寬政元年刊行「古今茶湯器図会」所載。箱蓋表「寬政」と墨書されており、「寬政」と呼ばれる。中印あり。箱書「寬政」表千家十一代家元・如心斎書。国宝指定品。

  • 赤黒楽茶碗「茶之子」:寛政5年(1793年)頃作。箱蓋表「茶之子」と墨書されており、「茶之子」と呼ばれる。中印あり。箱書「茶之子」表千家十一代家元・如心斎書。重要文化財指定品。

  • 白釉筒茶碗「白雲」:文化5年(1808年)頃作。白釉筒茶碗は了入が初めて作ったものである。「白雲」という名前は白釉筒茶碗全般を指す場合もある。中印あり。箱書「白雲」裏千家十一代家元・鑑古斎書。重要文化財指定品。

まとめ

  • 了入は楽焼一門の九代目樂吉左衛門であり、その腕前は歴代一と評されるほどであった。
  • 箆削り成形や巧みな色使いなどで陶器工芸に革命を起こし、多彩な作品を生み出した。
  • 活動期間が長く(65年)、激動の時代を経験したことで作風も変化した。
  • 赤黒楽茶碗や白釉筒茶碗など多くの名品を残し、国宝や重要文化財に指定されているものもある。

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