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藤田喬平
ふじたきょうへい

藤田喬平(ふじた きょうへい)とは、主に昭和時代にガラス工芸で独自の技法を確立させたガラス工芸家です。

もともとは金属工芸の彫金を学んでいましたが、ガラス工芸に魅せられて転向。のちに確立した、通称『ドリームボックス』と呼ばれる飾筥(かざりばこ)は、藤田喬平の代名詞とされる作品です。

また晩年は、ガラス工芸への貢献度の高さから勲三等瑞宝章や文化勲章を受章しました。
今回は藤田喬平の生い立ちから、がガラス工芸に魅せられた理由と作品の魅力を紹介します。

1921年(大正10年)-2004年(平成16年)
昭和から平成にかけて活躍した東京都出身のガラス工芸家。

東京美術学校(現在の東京藝術大学)工芸科彫金部へ入学したが、のちにガラス工芸に魅力を感じるようになる。卒業後は岩田硝子製作所へ入社し、ガラス工芸を学んだ。

岩田硝子製作所を退社して独立すると、グループ展や個展を多数開催。徐々に評価を得て、43歳のときに発表した流動ガラス『虹彩』で評判を高める。

次々と独自の技法を編み出し、52歳で代表作『菖蒲』を発表。国内外から評価を受け、のちに日本ガラス工芸協会会長に就任した。文化功労者・文化勲章の受章者でもある。

生い立ち


藤田喬平が生まれたのは、1921年の東京府富多摩群大久保町(現在の東京都新宿区百人町)でした。
1944年に東京美術学校の工芸科彫金部を卒業。当時は藤田自身も彫金工芸への道に進むと考えていたようで、1946年第1回日展に彫金作品『波』を出品して、見事入賞を果たします。

しかし以降は日展への出品を行わず、長浜重太郎が創設した真赤土工芸会で作品を発表し続けました。
転機は1947年、藤田喬平26歳のときでした。岩田硝子製作所に入社して、ガラス工芸を学び始め、退社後にガラス工芸家として独立します。

当時は自分の工房を持っておらず、葛飾にあったガラス工房を時間制で借りていたといいます。グループ展や個展を多く開催し、作品を発表していました。
1955年千葉県市川市に活動拠点を移すと、藤田喬平は上野松坂屋や日本橋高島屋などの百貨店を中心に作品の発表するようになります。

1964年に開いた日本橋高島屋第4回個展で発表した『虹彩』は高い評価を受け、国立近代美術館での現代日本の工芸展に招待出品されました。
『虹彩』はガラスを流し、自然に固まる一瞬の美しさを表現した作品です。藤田喬平独自の技法で、静物であるガラス工芸に動きを取り入れた画期的なものでした。

1973年には、日本橋高島屋第13回個展で飾筥『菖蒲』を発表。藤田喬平の飾筥は、色ガラスに金箔を加えて豪奢に仕上げるのが特徴で、国内外から高く評価されました。
評価されるようになった頃から、神奈川県立近代美術館の日本ガラス展や、デンマークの世界のスタジオグラス展に出品するなど、海外招致も多くなっていきます。
1976年には日本ガラス工芸協会会長に就任。翌年にはイタリア・ヴェネツィアの工房での制作も始め、ヴェネツィアガラスの伝統技法を学びます。藤田喬平56歳のときでした。

また個展だけではなく、ガラス作品集や版画集などの本も刊行するようになります。
国内だけでなく世界でも活動の場を広げ、1989年に日本芸術院賞を受賞。日本芸術院会員に就任します。さらに、1994年には勲三等瑞宝章の受章、1997年に紺綬褒章の受章と続きました。文化功労者の顕彰を受け、2002年には文化勲章を受章しています。

作品の特徴とその魅力


藤田喬平の作品は、古典的なガラス工芸に独自の技法を加えたオリジナリティーが魅力です。

特に『虹彩』や『菖蒲』以降の作品では、流動ガラスを用いています。

流動ガラスとは溶かしたガラスを自然のままに固まらせ、ガラスのリアルな動きや躍動性を表現する技法です。藤田喬平の代表作の1つ『虹彩』では、透明なガラスで滝を表現し、透明なガラスの中に色ガラスを用いて虹を表しています。ガラスの滝はうねりを上げ、今にも滝音が聞こえてきそうなリアリティーです。

もう1つの代表作『菖蒲』は、色ガラスに金箔を混ぜて飾筥を制作したものです。金箔を加えることで、ガラスにはない色を取り入れて豪奢なデザインを実現しました。

別名『ドリームボックス』と呼ばれる藤田喬平の飾筥シリーズは、現代の琳派とも言われています。琳派とは、桃山時代後期に始まった豪華絢爛なデザインが特徴の工芸技法です。金地や銀地を用いた豪奢な作品が多く、藤田喬平のガラス工芸も彩色に通ずるものがあったことで現代の琳派と呼ばれることもあります。

彫金工芸からガラス工芸へ、藤田喬平の偉業


藤田喬平は学生時代に彫金工芸を学んでいましたが、ガラス工房への就職をきっかけにガラス工芸家として独立するまでに成長します。伝統的なガラス工芸だけでなく、独自の技法を研究し、新しいガラス工芸を模索しました。

作品は海外でも注目され、活躍の場をガラス工芸の本場であるヴェネツィアへと移し、当時50歳代だった藤田喬平はさらに技を磨きます。晩年も向上心を持ち、新しい技術を学ぶ姿勢や探求心に優れた人物でした。

活動や作品など藤田喬平のガラス工芸への功績が評価され、文化功労者・文化勲章を受章しました。

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