アンディ・ウォーホル
アンディ・ウォーホル

コミックやマスメディアにおける雑誌・広告、報道で使われるフォトグラフなどを素材とした「ポップアート」というアートムーブメントが知られています。

今でこそ、ある種のレトロモダンとも解釈できるステータスが確立しているといえますが、発祥は古く1950年代中盤のイギリスとされています。
そして1960年代のアメリカにおいて一つのスタイルとして大成したといわれていますが、それを牽引した代表的な作家の一人が「アンディ・ウォーホル」です。

商業デザインの分野でも広く知られる彼の作品はまさしくポップアートの旗手と呼ぶにふさわしいインパクトで、世界的な認知度を誇る現代芸術家といえるでしょう。

本記事ではそんなアンディ・ウォーホルのプロフィールや生い立ちを概観しつつ、作品とその魅力についてご紹介します。

1928年8月6日‐1987年2月22日
20世紀に活躍したアメリカの画家・版画家・ポップアーティスト。

シルクスクリーンの印刷技法を用いた版画作品が多く、資本主義や物質文化に内在する大量消費や拝金主義の軽薄性を強調する記号を好んで用いました。また生涯で60本以上の映画製作も手掛けましたが商業ベースに乗せることを前提としていない作品も多く、公開はごく少数にとどまっています。

彼の作品からは先に述べた物質的な豊かさへの問題提起などを感じ取れるという声がある一方、ウォーホル自身は作家としての内面性を一切主張しなかったことが知られています。

生い立ち



アンディ・ウォーホルは1928年8月6日、アメリカ合衆国ペンシルベニア州ピッツバーグでルシン人移民の父・オンドレイと母・ユーリアの三男として生を受けました。
両親の出身地はチェコスロヴァキア共和国ゼムプリーン県ミコー村で、現在のスロヴァキア共和国ゼムプリーン県ミコヴァー村に相当します。
ウォーホルは日光アレルギーであるなど虚弱体質でしたが幼少から芸術的才能の片鱗を見せ、1949年にカーネギー工科大学(現:カーネギーメロン大学)を卒業。在学中は広告芸術を学びました。

卒業後にはニューヨークへ移転し『VOGE』『Harper's BAZAAR』などの有名ファッション誌などに寄せた広告・イラストで知名度を高めました。1952年には新聞広告美術部門で「アート・ディレクターズ・クラブ賞」を受賞。

ウォーホルが商業イラストレーターから芸術作家へと転身したのは1960年のことで、当初はアメリカンコミックをモチーフとした作品を手掛けました。翌1961年、キャンベル・スープの缶やアメリカドル紙幣などを素材とした作品を制作し、これをポップアートの誕生と位置付ける論説もあります。

1962年からはシルクスクリーンの技術を用いた量産作品を展開、1964年にはニューヨークに「The Factory」と名付けたアトリエを構えました。このアトリエはやがて音楽家や作家など多くのアーティストが集うサロンのような場所としても機能することになります。

1965年にはアメリカのロックバンド「The Velvet Underground」のデビューアルバムをプロデュース。1968年には急進的女性主義団体のメンバーに銃撃されるという事件があり、重傷を負いましたが一命を取り留めています。

1970年には「LIFE」誌より「1960年代にもっとも影響力のあった人物」に選定、1970年代から80年代にかけては主に社交界からの依頼でシルクスクリーン印刷によるポートレイトを多数制作しました。1972年にはニクソン大統領が中国を訪れたことに合わせ、毛沢東のポートレイトも制作しています。

1982年からおよそ5年間は神話、あるいは災害をモチーフとした作品を続けて手掛け、その間に日本のTVコマーシャルにも出演しました。

1987年2月17日にはニューヨークのクラブで行われたショーにマイルス・デイヴィスと共にモデルとして参加しましたが、この直前に体調を崩しており同月22日に58年の生涯を閉じました。その魂はピッツバーグの洗礼者聖ヨハネ・カソリック共同墓地に眠っています。

アンディ・ウォーホル作品の特徴とその魅力



ポップアートというスタイルを大成させ、その先駆者ともいえるアンディ・ウォーホルは一時代を画するアーティストの一人とも目されています。
あえて大量消費・大量生産を象徴するかのような素材を好んで用い、これもまた鮮烈な色彩で量産することが可能なシルクスクリーンプリントという手法で制作した作品群は、それ自体がアンチテーゼとしてのインパクトを持っています。

ポップアートの誕生からすでに60年ほども時間の経過があるため、現在ではむしろウォーホルの作品が時代性の記号としてレトロモダンな印象を与え続けている現象も認められるでしょう。こうした「誰もが一度は目にしたことがある」と感じられるほど社会に浸透したデザインの強い印象が、アンディ・ウォーホル作品の魅力の一つと考えられます。

マルチ・アーティスト、アンディ・ウォーホル



アンディ・ウォーホルは銀髪のかつらを常に着用し、これが彼のトレードマークになっていました。デザインだけではなくミュージシャンのプロデュースや映画製作など幅広い活動で才能を発揮したため、彼を「マルチ・アーティスト」と紹介する文面もしばしば目にします。ウォーホルの事績を振り返ると、その呼び名がいかにもふさわしいのではないでしょうか。
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