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中国美術・中国骨董 作家

郎世寧
ろうせいねい

プロフィール

1688年-乾隆31年(1766年)
郎世寧は、中国の清朝前期の宮廷画家です。1688年にジョゼッペ・カスティリオーネとして、イタリアのミラノに生まれました。イタリアルネサンス盛期の中、絵画技術を学び、のちにイエズス会の会子となります。カスティリオーネ時代の作品は、透視学や人体解剖学という科学方式を取り入れた油絵で、聖書が主題となっており、作品はポルトガルのコインブラ・イエズス会修道院に収蔵されています。
27歳の時、イエズス会の宣教師として中国に渡り、郎世寧という中国名を得て、礼儀作法や中国語を学びます。庶民として広州で暮らした後、康熙帝の命によって北京へ赴き、紫禁城へ身を寄せました。ここから、康熙帝と雍正帝、乾隆帝の3代にわたって仕え、それぞれの皇帝の時代を反映する数多くの作品を創作することとなります。
康熙帝の時代には、キリスト教の布教は歓迎されないものの、芸術家として扱われ、紫禁城での初作品である中国風景図を創作します。雍正帝の時代にはキリスト教が禁じられ、多くの宣教師が追放されますが、郎世寧ら宮廷内の宣教師だけは仕えることを許されました。雍正皇帝行楽図や平安春信図などの作品で、宮廷画院に職業画家として認められるに至ります。
乾隆帝の時代には肖像画や、戦地への遠征に同行し、地理や人間を観察し、真実のままに記録する従軍報道記者のような危険の伴う役目も担い、戦争画を制作します。晩年は体力的な理由から、弟子などがサポートして作品を完成させることが多くなり、1766年に78歳でこの世を去ります。戦乱の世が長く続き、各地へ散逸した郎世寧の作品ですが、半数を超える作品がまだ中国と台湾に現存しています。

作品に見られる独特の表現世界


郎世寧の作品の特徴は西洋と中国の全く異なる画法を融合させている点です。
人物や自然を観察して描写する際、西洋の画法では、奥行きを感じさせ、よりリアルな空間を描ける透視図法と光の描写によって立体感を出す明暗法が基礎となっています。一つの視点から見えたままを描くため、距離によって大きさを変え、光の当たり具合で段階的に色彩を変えて、明るさに変化をつけて描くのが特徴です。対して中国の伝統的画法は、影を描くことや色彩を段階的に変化させる習慣がありませんでした。遠近も一つの視点からではなく、複数の視点から描くこともしばしばで、全く異なる手法とも言える状態でした。郎世寧はこの二つの画法を融合することに、生涯をかけて取り組んだ表現者です。
作品を見てみると、康熙帝時代の作品である中国風景図には、まだ中国画の技法は使われていません。雍正皇帝時代の百駿図創作の頃、中国の画技に西洋の透視法と顔料を取り入れます。乾隆皇帝の肖像画を描く際には、解剖学に基づいた人物の造形を描き、中国伝統の人相学を参考にし、陰陽の考え方から陰を避ける中国古来の美意識を考慮したうえで、画風を変化させるなどの工夫が凝らされています。
乾隆皇帝大閲図は西洋の明暗法を用い、材料に中国絵具や絹を使って、西洋油絵と中国絵画を組み合わせた画法で描かれました。これにより、色鮮やかで立体的な表現となっています。戦図冊の創作は、中国伝統の線描法で全体を構成し、西洋の透視法を取り入れた独特の表現方法を生み出しています。

代表作品

八駿図
牡丹図
聚瑞図
百蝶図
錦春図
花陰双鶴図
白猿図
花底仙尨図
平安春信図
乾隆帝朝服像
皇貴妃朝服像
塞宴四事図
画瑪瑺斫陣図
百駿図
心写治平図巻

店主より一言

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